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心の安全基地

「普通」や「常識」という言葉の弊害

2020/02/27
 
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心の安全基地
安心安全な心の安全基地を何歳になっても獲得し発展させることをテーマに、身体、心、頭、人間関係、社会の視点から探っていきます。

「普通」や「常識」という言葉って、とても頻繁に日常生活のあらゆる場所で使われます。そんな言葉達が害になりかねない、そんなことを考えてみました。

絶対的な「普通」や「常識」なんて無いし、時代により変わり続ける。

  • 海外では挨拶にハグをしたりチークキスを常識でする国が存在してますが、日本でこれらをやったら問題になりますよね
  • 日本の謙遜や本音と建前の文化は、海外では普通ではなく相手を混乱させ不誠実な印象を与えることがあります。
  • 日本でも地域よって、普通や常識とされることは異なりますよね。例えば、味噌汁のお味噌は地域によって異なります。

これは国や地域が違えば当たり前ではないか?と思われるかもしれませんが、同じ場所でも時代にもよって違ってきます。

  • 30年以上前は、女性は結婚したら家庭に入り主婦になるのが普通や常識でしたが、今はそんなことはありません。
  • 昔では普通と言われたやり方で現代に部下を指導したら、パワハラになってしまうケースもあるでしょう。
  • 子供の夢はサッカー選手や野球選手の常識も今やYouTuberに置き換わりました。

さて、それでも最終的に普通や常識なんてその人の価値観によるのです。目玉焼きに塩をかける人もいれば、ソースの人も、醤油の人もいます。

「普通」や「常識」という言葉を多用し、視野を狭め思考を停止させる。

「普通は〜なのに、これはおかしい」、「常識的に考えて〜だろう」なんて発言に、私は違和感を持ちます。それは、↑に見たように普通や常識なんて絶対的なものではないからですし、何故「私は」「僕は」という形で自分を主語にしないのだろうと思うのです。主体性を失ってませんか。

「普通」や「常識」は鋳型を提供し、その枠や物差しの範囲内に収まるかを見ることに偏り、新たな観点が死角になり、自分も他人も本質も理解できなくしていないでしょうか?思考停止を生み出してませんか?

「普通」や「常識」が、鋭利な言葉の刃となり人を傷つける。

「普通は〜するのになんで出来ない?」「〜なんて常識なのに、なんでそうしなかったの?」なんて、言葉は「あなたは異常ですよ、非常識ですよ」っていう烙印を押し相手の尊厳を傷つける心無き鋭利な言葉の刃だと考えたことのある人はどれだけいるでしょうか?

言われた人は、否定的な感情を持ち、ある人は腹を立て去っていくでしょう、ある人は自分を責め自己嫌悪するでしょう、ある人は落ち込み苦悩するでしょう、ある人は奮起して頑張るかもしれません。

そして、言われた側の多くの人は、言った人に対して、心を開かず、心の底で警戒し嫌悪感を抱くでしょう。

「普通」も「常識」も持ち出さない居場所が心の安全基地

「みんな違って、みんないい」。そんな言葉で、ありのままを受け入れられる場所が心の安全基地です。探していきましょう

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